宴会 in タイフーン

今日は部の宴会。異動した人の歓送迎会だ。しかし、開始予定時刻ちょうどに今年最大の台風が大阪を直撃。あきらかにやばいので、キャンセルしようとしたが予約していた「安倍乃荘」がキャンセル料よこせと言い張るので、仕方なく決行することに。
しかも、会社が 15:00 で終わり、強制帰宅に。宴会までの時間どうしたらいいのかという大問題が発生した。まあ本来この状況で宴会するのもどうかと思うが、キャンセル料払うのはいやなので交渉した結果、宴会を 15:30 からおこなうことになった。15:30 からである。
私の所属する部門は、社員食堂の混雑対策で 12:30 からの昼食になっている。そのため、たべ終わったのは 13:00 頃。それから2時間半でまた宴会である。これは普通ありえない。今まで生きてきてはじめての経験だ。しかも、私は今朝朝食を家で食べず、10時過ぎに会社の売店で買ったサンドイッチで済ませたのだ。食事の時間が集中しすぎである。6時間以内に三食食べてもうた。なんちゅーこっちゃ。しかし、前日にキャンセルできるか確認したときもすでにキャンセル料よこせと言っていたような強気の商売。老舗のようだし、国鉄総裁時代?の佐藤栄作の大阪の家だったという未確認情報もあり、食事はずいぶん美味しいのだろうから、満腹でもたべることができるのだろうと、淡い期待を抱いていた。しかし、そんな期待は巨大台風とともにやってきた豪雨に簡単に流されてしまったのだった。
ボロい。それが会場の第一印象だ。畳の色変わってるぜ。しみもいっぱいついている。トイレは男女共用。トイレの入り口は西部劇風のわけのわからんパタンパタンする板切れだけ。ナンじゃこのセンスは。たぶん食事もマズイ。マズイに違いない。
宴会が始まり、マグロの刺身に箸をつけてみた。見栄えからして黒っぽい。しかも、三切れのうちいちばん上のは乾いてるんじゃないか。口に入れてみる。なんだかシャリシャリしている。しかも水気がない。古くなった味のないレバー炒めを食べてるみたいな感じだ。空気に触れる場所が少なかった下の二切れは、かろうじてレバーとマグロの刺身だとマグロに近いように感じたが、これだったらスーパー玉出の刺身の方がマシかもしれん。それ以外の品も、どこか社員食堂を思い出させる懐かしい味だ。
しかも、食事がすべて冷えている。いや、茶碗蒸しだけは失われかけた命の残り火程度のぬる暖かさを残していたが、それ以外のものは見事に冷えている。しかし、参加者が集まるのを待っている間に、命のともし火は失われつつあった。お父ちゃん、死んじゃいやだ。お父ちゃん、お父ちゃん。ご臨終です。チーン。乾杯までに茶碗蒸しも逝ってしまった。なんまいだー。室温を舌で感じる贅沢。そもそも、19時開始の宴会を急遽15時半開始に変更したわけだ。普通、まだ作ってる最中で、全部お膳に品が乗ってなくてすいません、てな感じで出来立てが届くのかと普通思うじゃん。てんぷらも揚げたてで、熱いから注意してくださいね。すいませんね、急遽料理を急いだので準備ができてなくて。いえいえ、出来立てが美味しいですよ、なーんてね。それは甘いよ。宴会開始が3時間以上早まっても、すでに全部料理ができてしかも室温。熱量が平衡状態になっている。物理の原理を認識しまくり。ここ、手際良すぎ。こういうのって手際がいいって言うのか?もし、宴会を朝の7時からにしたら暖かいのが食べられたのだろうか。いや、すでに昨日の段階で料理を作り置きしてたな。だから、キャンセル料出せって粘ったのか。もう作ってたんだたぶん。確信はないけどね。
これは、もう笑うしかない。台風が接近する中、満腹なのに、さらに社員食堂並みのマズイ料理を食べながら宴会をするなんて、一種の苦行だ。こんなことならキャンセル料払っておけばよかった。いや、こんなことにキャンセル料払ったら、死ぬまで納得できない。むしろ、店側が払え。食ってくれる俺たちにキャンセル料払え。キャンセルしなかった料払ってくれ。お願い。
出席者がおそるおそる料理を口に入れる宴会。そして「あー、いちおうたべることは可能だ」とか言ってる宴会。そんなのってあるだろうか。しかも 5,000 円も払ってるのだ。デフレ時代にありえない。国鉄時代の遺物であるこの宿と同じように、ここの食事のまずさと価格のつりあわなさも国鉄時代を精算するための儀式なのだろうか。もしかして、国鉄の30兆円の借金は実はまだ精算されてなくて、こうやって台風でキャンセルしようとした客から無理やりキャンセル料を取り上げたり、原価 200 円の料理に 4,000 円の値段つけて利益を得て返済を続けてるのだろうか。効率悪そうだ。いや、効率悪いから国鉄はおしまいになったんだ。そうか。国鉄的には筋が通っているわけだ。ふーむ。
国鉄清算事業団の亡霊が巣くうトワイライトゾーンにしばしトリップした我々は、大阪に台風が到着した頃、ちょうど宴会を終え、暴風雨の中びしょぬれになりながら家路に着いたのであった。