火垂るの墓についての解釈

http://d.hatena.ne.jp/tyosaka/20070812/p1 で「火垂るの墓」についていつもの調子で独り言を書いた。盆休みの合間に生活時間がめちゃくちゃになった中、早朝、たまたま目に入った記事に関して簡単にコメントしただけだったが、夜になって何か書こうとページを開くと、何やら見慣れない星マークが自分の記事についている。なぜか、ブックマークされたらしいユーザー数表示もあってびっくりした。

私がいつもの通り書き飛ばしたコメントに関して、それぞれきちんと受け止めてブックマークしてくれた人がたくさんいたことに驚くとともに申し訳ない気がした。野坂氏の発言について、私の記憶に沿ってかなり適当に「翻訳」してしまっているためだ。もちろん、嘘を書いたわけじゃないが、たくさんの人が目にする記事になるなら、きちんと原文を引くべきだと思う。「翻訳」している以上、どうしても私の主観が混ざっているのは確かだからだ*1。ただ、残念ながらどこかにあるはずのパンフレットは、いつものように必要な時に出てこないし、ネット上にもそれに関する記事がないようだ。誰か整理のいい人がいて、原文を見つけて引用してくれるとありがたいが、今のところそういう動きはないようだ。私としては、いつか部屋の中からパンフレットが見つかったら、正確にこの日記で補足するくらいしか手がない。

そこで、そのものズバリではないにせよ、この件に関係しそうな記事がないかネット上で調べてみた。
すると、参考になる記事があった。叶精二氏による「ぽんぽこ論」というものだ。「火垂るの墓」についての記述はきちんとした研究者による映画を理解するための絶好の手がかりだと思う。

http://www.yk.rim.or.jp/~rst/rabo/takahata/ponpoko_ron.html

 高畑監督は、同作品制作の意図として、地域共同性が解体し、皆が個人主義に浸る現代でこそ、この作品を評価しなければならないと再三語っていた。(記者会見用資料/映画パンフレット/「月刊アニメージュ・八七年六月号」ほか)高畑監督は、戦中にあって軍国主義に染まり切れず、従って地縁・血縁の協力も得られず、不器用だが正直に生きて必然的に死んでいくという、この作品の主人公たちこそ、個人文化に浸る現代の青少年たちの生き写しだと捉えた。原作が発表された上昇指向の高度経済成長時期には、こうした個人の孤立の悲惨や共同性の解体という問題の大きさを、広く一般が認めることは出来なかった。高畑監督は、混沌と混乱に差しかかる現代の社会環境と政治情勢の下でこそ、この作品の真価が発揮出来ると考えたのである。
 それは、戦争の運命の悲惨などを抽象的に訴える姿勢では断じてなく、あくまで現在を生きる観客に「あなたは、この物語で死んだ子供たちに見護られて生きているのですよ」「物語を生まないためには、今の世の中をどう生きていくべきでしょうか」という実践的問題意識を触発する、一種サブリミナル的効果を意図していたと言えるのではないか。

また、宮崎県の映画ファンのサークル「シネマ1987」のサイト中の以下のページには、高畑監督がキネマ旬報983号に掲載した「『火垂るの墓』と現代の子供たち」という文章から次の引用がある。

http://homepage3.nifty.com/cinema1987/moviecritic/review9.htm

清太のとったこのような行動や心のうごきは、物質的に恵まれ、快・不快を対人関係や行動や存在の大きな基準とし、わずらわしい人間関係をいとう現代の青年や子どもたちとどこか似てはいないだろうか。…家族の絆がゆるみ、二重三重の社会的保護ないし管理の枠にまもられている現代。…戦争でなくてもいい、もし大災害が襲いかかり、相互扶助や協調に人を向かわせる理念もないまま、この社会的なタガが外れてしまったら、裸同然の人間関係のなかで終戦直後以上に人は人に対し狼となるに違いない。…戦後40年を通じて、現代ほど清太の生き方死にざまを人ごととは思えず、共感しうる時代はない

なんだか、前の記事では野坂氏の発言として書いていたのだが、高畑監督の発言ばっかりである…。記憶の中で混ざっていたら申し訳ない。

なお、私は高畑監督が「火垂るの墓」で、こういった方向に進んだのは、前作「柳川掘割物語」の影響ではないかと考えている。「柳川掘割物語」は、荒廃し消えかかっていた柳川の町の伝統的な掘割が復活する、いや復活させる物語だ。荒廃していく柳川の掘割に込められた治水の知恵や意味を理解した市役所のある人物が関係者を説得し続け、徐々に賛同者が増える。最後には「わずらわしさ」もある地域の共同体とともに掘割が復活する。なぜ共同体と掘割がセットなのか。そこがこの映画の肝である。教育映画の雰囲気を持つが、共同体の重要性を強く説く強い主張を持つ異色の作品だ。
火垂るの墓」の主人公は、こういった地域の共同体と無関係になってしまった存在である。そして、高畑監督は言葉通り戦争で「社会的なタガがはずれてしまった」世界で無力な子供がどういう目に遭うかを、いやになるくらい冷徹に描ききったのである。

ここから先は、完全に私事に関することになる。

私は「火垂るの墓」を映画公開時にガラガラの映画館で観た。客はなぜか白髪の老人と、子供連れの親子ひと組くらいだったと思う。たまたま併映の「トトロ」が後になったので助かったが、映画館のスクリーン上に繰り広げられる「火垂るの墓」は、まだ20歳そこそこだった私にとってはまさに地獄の光景だった。焼夷弾や機銃掃射よりも、叔母さんの冷たさや、駅員の無関心ぶりが怖かった。ずいぶん経ってから「柳川掘割物語」をテレビで観た。

そして「マンションの隣に誰が住んでいるのか知らないんだよ」と笑いながら職場で言うのをやめた。顔を覚えた相手には、なるべく挨拶するようにした。困ってそうな人がいるときは、そのまま通り過ぎるのではなく、手を貸せることがないか少し立ち止まることにした。たいていは何の役にも立たないことがわかって、通り過ぎるのだけど。

それっぽっちの事だし、「火垂るの墓」や「柳川掘割物語」の影響だけではない。ただ、私の行動は少し変わったのだと思う。これは、映画についての解釈だけに関心がある人にとっては何の意味もないお話だけれども。

*1:私は通常の「翻訳」であっても主観が混ざらざるを得ないと思っている